しかし統一教会の「分かりにくさ」の理由は何もこれがすべてではない。
第一に宗教の内面世界というものは、その信仰を共有していない人にとっては基本的に理解し難いものであるためであり、第二には、統一教会が日本人にはなじみの薄いキリスト教の伝統に根ざしているためであろう。もともと日本人には平均的に理解され難いキリスト教の、そのまた「異端」とよばれているわけだから、なにかとても異質な世界に住んでいる人達のように思えるのである。ところが実際に統一教会の人にあってみると、これが実に普通のまじめな日本人なので「こりゃ一体どうしたことか?」と思うのである。
よくテレビにはキリスト教の牧師だとか聖書学者だとか名乗る人々が登場して、統一教会は異端だと力説するが、そのことの意味を普通の日本人に理解しろと言っても、それは難しい相談だ。
せいぜい単なる「レッテル張り」を鵜呑みにする程度が関の山というもの。
なぜならば統一教会がキリスト教の異端であることを理解させるためには、その前にキリスト教における正統信仰とは何かということを、まず理解させなければならないからだ。
日本人に正しくキリスト教を伝える―今まで、これほどに莫大なエネルギーを費やしながらも実を結ばなかった宗教事業があっただろうか?
彼らのような、統一教会から「反対牧師」と呼ばれている人々の中には
これを実に地道にやっている人もいる。「反対牧師」というのは、統一教会を異端視して、その信者を統一教会から脱会させる活動を精力的に
行っている牧師たちのことだが、彼らは統一教会に入会した自分の息子・娘を脱会させたいと思っている父兄に対して、徹底的にキリスト教の教育をする。
それは息子・娘たちは間違った教えに洗脳されているのだから、そこから救済する唯一の道は、「正しいキリスト教」をまず両親が身につけ、それを子供に伝えるしかないと考えているためだ。
その為に両親はキリスト教の正統的信仰についての長くて難解な勉強会に参加しなければならない。
そして統一原理がなぜ異端なのかを頭に叩き込むのだ。
【関連する記事】

